音楽放浪記2005年スタート

多重録音~DTMへ変遷

(2005年 音楽放浪記 プロフィール転載)
なかむらゆういち 1957年 O型 滋賀県長浜市出身 大阪市在住
音楽との出会いはまだ母のおなかにいるとき、父岩崎賀都彰が胎教だといって音楽の聞こえるラジオをおなかの周りに7つも置いていた・・・らしい。それが出会いだろう。8ヶ月で歌を唄ったらしい。1歳半のとき足ふみオルガンを弾き3歳からピアノを習う。
小学校のころからノートのかわりに5線紙を使っていた。小学校6年のとき ”熱狂”という交響詩を作ったのがオーケストラ作曲の1番目?の作品。この曲はその当時好きだった女の子に献呈(笑)した。もらったほうも迷惑だっただろうな!
小学校・中学校と音楽室の鍵を預かっていた。(占有していた?)オーケストラを指揮したのは16の時で曲はシベリウスのフィンランディアとブラームスのハンガリア舞曲5番だった。アンコールされたのがうれしかった。
18のころからサーフィンを始めた(ていうか今も行く機会があればいく)
レコード会社に就職!そのころにはシンセサイザーと8チャンネルオープンリールの多重録音を始めていた。ほとんどクラシックだったが、当時流行っていたYMO(イエローマジックオーケストラ)やバンドを組んでベンチャーズなんかもやっていた。チャゲ&飛鳥浜田省吾なんかを唄っていた。(おいおい唄うのかよ!)
楽器は管弦打のほとんどができる様になった。(ヴァイオリン系はだめです)タカラヅカの音響の手伝いをしていたときもあったなあ…1993年多重で作ったベートーヴェンの第九の第4楽章を少数の知り合いの合唱団とでプライベートコンサートをやった。観客は60人ほど。でも結構よかったらしい。
昔とった杵柄ではあるがアマチュア無線の免許を持っている。小学校5年のとき取得した。今もDTMやりながらCQCQCQ…ラジコンもやってる。小学生のころから、Uコンやっていて今は主に車(エンジンカー)飛行機(スケール機・ヘリコプター)も好きだが残念ながら飛ばすところがない。そうそう、サーフィンのラジコンを2つ持っている。結構楽しい。もうお分かりと思うがやりたいことを思うがままにやっている。
音楽マニア・ラジオ少年・サーファー、このアンバランスが自分ではたまらない。(笑)

ただ、音楽は一生続けていく。夢は子供のころと同じ指揮者になるである。

自分のオケを持つことが夢である私の音楽制作はこの夢が発端でもある。
       (2005年 音楽放浪記 プロフィール転載)

私のDTMについての考え方
DTMをやっているといろいろ気がつくことがある。特に管弦楽曲のスコアを読んでいるとき。一音一音打ち込んでいくと「なんでここにこの音があるねん?」みたいに。そんなときはって?もちろんその音は抜く。というか、抜かないと明らかにおかしいから。ま、誰にも怒られないし。
 でも、聞くところによるとG・ホルストの著作を管理するホルスト財団は楽器の数は完全に指定され、更には音符の省略などは絶対許されなかったらしい。そう考えるとDTMはどの位置にあるのだろうか?と考えてしまう。マーラーの千人の交響曲(交響曲第8番)も演奏者は1000人いないと初演として認められなかった。私は朝比奈隆先生指揮の千人の交響曲を大阪のフェスティバルホールで聴いた。32年ほど前になる。ホールの3分の1がオーケストラ&コーラスのスペース。要するに演奏者1000人に対し観客2000人という比率である。 コンサートはすばらしいものであったが、今考えると採算の合わない曲だなあと思ってしまう。(ちょくさんの投稿を引用リンクさせていただきました)

私のDTMの道のり
制作に当たって特にこだわっていることはないのである。ただ、私は耳を頼りに制作している。だから、ノッテいる時はフルオーケストラの管弦楽曲でも30小節くらいをあっさり作ってしまう。しかし、気に入らない音が耳に入ってくるとたかが1小節を何時間もかける。多分、性格もあるのだろう。アナログで多重録音をしていた時はどちらかというと一発勝負でシンセサイザーのキーを弾く自分の指が頼りだったので出来上がりの音というより「できた」という満足感が大きかった。まあ、25・6歳のころはそうだった。(今はほとんど打ち込みでたまに打楽器のリアル感を出すためキーを弾くが)
パソコンは、というか今の原型になる形になったのはエプソンの486・ヤマハの音源・キーボード・MIDI接続・・・・。なんとFDは5インチというものであった。ソフトはなんだったか忘れてしまったが、ドイツから取り寄せたものだった。これがいたって重い満足に動かない。1990年のことである。結局アナログに戻ってベートーヴェンの交響曲全曲を仕上げた。(今聞くとはずかし~)
 1994年、Mac(620・5220)と出会ったことが、まあ、今のDTMの原点になっていると思う。文字通りPCによるDTMである。相当周辺機器は変わったが、変わっていないものがある。シーケンスソフトである。ソフトはいろいろ物色し相当お金をつぎ込んだが結局今使っているものが最高!(難点は色々あるが)制作現場と環境についてはそのうちお披露目しようと思う。
 多分、私のDTMの現場は世間のDTMファンから相当ずれているかもしれないが、これもありか・・・

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